C.A.N JOB1

…雨か。そういえばさっきの客が傘を忘れて行ってたな。どうせわざわざこんな安っぽいビニール傘なんて取りに戻ってこないだろうし、天気予報を見てなかった俺には丁度いい、ありがたくもらっておくとするか。

JOB1

地獄の力

俺、狩須 真(かりす まこと)のバイト先のコンビニから俺ん家のボロアパートまでは歩いて十分かからないぐらいの微妙な距離にある。しっかしこのアパート、駅からの距離の割に家賃が安いってのはいいが、屋根が薄いのか大雨だと雨音がクソうるさい上にすげー雨漏りがする。台風だった日にはアパート全体がビキビキとえげつないシンフォニーを奏でるし、この前の震度4の地震があったときには壁のヒビが三つから四つに増えていた。まあフリーターの俺には引っ越すための貯蓄もないわけで。

「プルルルル。」

「おっ、母さんか。」

「もうそろそろそっち来てから三年経つけどいい仕事見つけられたの?別にもう大人なんだからとやかく言ったりはしないけど、人に迷惑だけはかけないでね。」

「わーってるよ。こっちだって頑張ってるんだって!」

「あらそう?今までろくすっぽ勉強も部活もやってこなかった真のことだから、ねぇ。」

「はいはい。」

「今何してるか知らないけど、体だけは崩さないようにね。じゃ。」

「ツーッ、ツーッ。」

「っはぁ~。上京する前までははりきってたけどなぁ~。片っ端から受けた企業面接はほぼ引っかかんないし、引っかかったとこもな~んか向いてないっつーか、気が進まないっつーかで長続きしなかったもんなぁ~。で、結局コンビニバイトが一番長続きしてるって…俺に向いてる仕事ってないのかなぁ。」

「…キャン!」

「ん?…何だイヌか。あいにく、捨て犬のメンドー見れる金も場所もないモンでな。悪いけど…」

「お、おい待て!」

「え…今イヌが喋ったような…なわけないよな。まさかな。」

きっと度重なるバイトで疲れてんだ、俺はそう思っていた。けれど、この出会いが俺の人生を180°ひっくり返してしまうなんてことはこの時は全く思いもしなかった。

「社会的弱者のオマエに、いいハナシがある。しかもオマエにしかできない「仕事」だゼ。」

「社会的弱者って…お前なぁ。」

「間違っちゃいねえだろ?何の目的も持たずにただひたっすらバイトして、オマエそんなんじゃ一生フリーターのまんまだぞ?」

「…何も言い返せねぇ。イヌのクセに。」

「イヌじゃねぇ!オイラにはキ・ャ・ンってれっきとした名前があるんだいっ!」

「いやどう見てもイヌじゃね?」

「イヌじゃねーっつってんだろが!だからお前はいつまで経ってもフリーターなんだよ!」

「あ?それとそれとはカンケーねーだろーが!」

「まあ落ち着け。オマエにイイ仕事がある。しかも報酬はたんまり弾むゼ☆」

「ったく、俺がそんな虫のいい話に乗るかっての。」

「まあまあ、習うより慣れろってんだ。」

「ゴオォ!」

キャンと名乗るイヌの背後からは異様な影が映り、さっきまでの軽めの口調からは想像できないぐらいに覇気のある表情に変わっていた。

「お、オイ!何する気だ?」

「…連れて行くんだよ、地獄へな。」

「は、え?地獄?」

「よかったな♪これで正真正銘の地獄行きだゼ☆」

「やめろ…まだ死にたくねえぇ!」

「死なねーから安心しなっ!」

「ズウウゥン!」

…目の前にはコンビニ、スーパー、牛丼屋が建ってて、それ以外には何もない。っつーかちょっと待て!やたら見覚えあると思ったら全部俺のバイト先じゃねーか!んでこんなトコにあんだよ!

「…ようこそ、地獄へ。」

目の前に現れたのはアタマが三つもあるイヌだ。色や形はちげーけど、アタマが三つある辺り、昔ゲームで見たケルベロスってやつにそっくりだ。…う、恐怖で声が出ねぇ。もしかしてこのまま…

「なーにボーッとしてんだ!シゴトだ!シ・ゴ・ト!!」

ってよく聞いてみりゃあこの声は…キャン!?

「ん?やっと気づいたのか。そうだよ、オイラだよ。」

「あ…」

「さっさと立ってシャキッとしろ!ったく。先に言っとくけど、今からやるのはオマエの生死に関わることなんだからな!覚悟しとけよ!」

「あ、…ああ。」

覚えのある声だとわかってやっとまともに声が出るようになった。

「…えっとあのさ、どこなんだ?ここは。」

「地獄だよ。ただしオマエにとってのな。」

「俺にとっての…地獄?」

「そうだ。ニンゲン誰しも心の中に不満を抱えているものだろ?それを映し出したものがこの地獄ってワケさ。でな、オイラはその地獄の中だと真の姿であるケルベロスでいられるってコト。」

「…お前アタマ大丈夫か?」

「そうだな、アタマ三つあるから大丈夫じゃないな♪…ってナニ言わしとんじゃぁ!正常に決まってんだろ!この天パ貧乏が!」

「うるせぇ!こっちには狩須 真ってれっきとした名前があんだよ!」

「フフン、…なるほど。名前だけはカリスマってこったな。いいじゃないか。」

「…気にしてんだよ。」

「気にすんなって。望みとありゃあ、マジモンのカリスマになれるからさぁ!」

「信じて…いいんだな?」

「そもそもここに来た時点で拒否権なんてねーよ!」

「いろいろ気に食わねーけど…乗った!んで、ここで何すりゃあいいんだ?」

「ま、雑に言えば自傷行為だな。」

「ふざっけんな!んなコトやってられっか!」

「話を最後まで聞けって!この地獄の中で自分を変えたいって気持ちを阻害している自分の意識を傷つけるって意味だよ!」

「だったら最初からそう言えっつの!」

「だからオイラはバカのオマエに分かりやすく要約して結論から先に言ってやっただけだっつーの!」

「ったく、余計なお世話だ!」

「黙れ!次言ったらマジでガチの地獄に落とすかんな!」

「殺すってコトか…じかよ。」

「オマエには期待してるからな、ここでくたばるには惜しいぐらいにはな。

とここから先は「契約」が必要だ。「地獄の力」を手に入れるためのな。」

「契約?地獄の力?」

「詳しくは契約をしてもらわないと言えない決まりだからな。ささ、契約してくれよ!」

「うさんくせーけど、どうせ契約しなきゃ殺されるんだろ?」

「さあ、どうだろうな。」

「…わーったよ。やりゃあいいんだろ?」

「聞き分けが良くって助かるゼ☆…ほらよ、コレ。」

「コンパクトミラー?」

「浄玻璃(じょうはり)の鏡だ!これにオマエの血を一滴垂らせば契約完了だ♪」

「え?…ああ。」

俺はバイトで使っていたバッジの安全ピンを使って言うとおりに血を一滴垂らした。すると、白かった鏡の縁がたった一滴の血で深紅に染まった。

「で、後はコイツを飲んでくれれば地獄の力が使えるゼ☆」

「…ナニコレ?」

渡されたのはケルベロスとなにやら訳の分からない文字が描かれたカンだ。中身もちゃんと入ってる。

「地獄のコーラ、言うなれば地コークってこったな!」

「地ビールみたいな言い方すんなァ!!」

「しょーがねーだろ、そーゆうモンなんだからさ。いいからさっさと飲め!!」

「やだよ、んな得体の知れな…モガッ!」

「だぁから、拒否権ねーっつってんだろが!!」

「モゴゴ…」

「ゴォッ!」

「何だ?服が…変わってる。」

「そのコーラはな、地獄の力が封印されたモンだ。つまりこれでオマエも地獄の力によってオイラを自由に操れる「シゴトニン」になったってワケだ。さしずめ、オマエは地獄の番犬を飼い馴らす閻魔大王ってトコロだな。」

「カッケー!マジでシャレてるよ、このエンマ装備、っつーの?」

「やれやれ、オイラの事はムシか。」

「でさでさ、どーやって出すんだ?その地獄の力ってのはさぁ!」

「慌てんな、まずは説明が必要だ。いいか?地獄の力っつーのはオイラの能力を使うための力のコトだ。まあ、簡単に言うとオイラを自由に動かすための力のコトだ。たとえばオマエが今持ってるリードをうまく引っ張ればオイラは噛みつけるようになるし、対象となるものに向かってリードをうまく突き出せばソイツに火を吐けるようになるって具合にな。一応、そんな大袈裟なコトしなくってもオイラだったら建物の一つや二つは自力でカンタンに灰にしちまえるけどな。」

「なんだ、俺が力を使えるってわけじゃないのな。」

「いや、一概にそうとも言い切れない。熟練したシゴトニンの中には自身で特別な能力を使うものがいるらしいからな。」

「ふーん。」

「地獄の力についてわかりゃあ、あとは自身の地獄の中で自分の障害となるモノをぶっ壊せばいいのさ。なぁに、現実世界にはオマエに対する干渉しかしないから心配しなくてもいい。…で、オマエのぶっ壊したいモノはなんなんだ?つってもここにはお前のバイト先しかねーんだけどな。」

「…バイトがワリーとは言わねえし、給料低いけど日頃から世話んなってる恩義もある。けどな、ここじゃ一生俺の望んだ人生には辿り着けねーんだよ!!」

俺はリードをコンビニの前に突き出した。

「ファイアー!!」

「ゴオオオオッ!パチパチッ。ボワッ!」

「バクハツした?」

「ああ、思った以上にハデな炎出ちまったな。コイツは。」

「…う~ん。でもよ、こんなんで俺の中の何かが変わるようには到底思えねーけどな。」

「安心しろって、ちゃんと現実世界でオマエに対する「ナニカ」が変わってるはずだからな。…それにこのオマエ自身の地獄もな。見てみろ。」

燃え切った後の地獄には先ほどの三軒の建物とは比べ物にならないほどに広大な世界が俺の前を横たわっていた。

「…驚きだな。コレだけのモンが出てくるなんて、これじゃオマエの理想通りの人生ってのはまだまだ遠そうだゼ☆」

「ああ、なんだろう。これだけ新しい夢とか欲とか湧いてくると、なんだか逆にすがすがしい気分になってくるな。」

「おっ、心強くて助かるゼ☆でもな、この先の理想を追求するなら地獄の中のバケモノや他のシゴトニン達とも衝突する可能性は大いにあるからな。心してかかれよ。」

「おう!」

「よし、現実世界に戻るゼ☆」

「ズウウゥン!」

「…ん?生きて…るのか?」

「ったりめーだ!死んでねえっつってただろーが!」

「あれ?俺ん家のアパートが…株式会社カリスって何だ!?それにキャンも元のイヌに戻ってる。」

「イヌじゃねーっつの!何回も言わせんな!で、それと株式会社カリスってのはオマエの会社だな♪何をしようがオマエの自由ってワケだゼ☆さ、どーすんだ?」

「…そうだな、世の中には俺みたいになりたくてもなれない自分を持ってる人たちがいっぱいいるよな。だから俺はそれを手伝ってやりたい!夢を叶えさせる手伝いだ!」

「ほーん、いー考えじゃねーか!あの時壊して生まれ変わったオマエの地獄ってのはそういうコトか。こうなりゃ、地獄の底まで本気で付き合うゼ☆」

「よっし、株式会社カリス、営業開始だ!!」

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