アスノソラヘ 第7周

…何でだろう。ゼェゼェハァハァ言ってて呼吸も辛いし、足も悲鳴を上げて段々と動かすのがおっくうになってきているのに何でだろう。今この一瞬一瞬が今まで生きてきた中で最も新鮮に感じるのは!!

第7周

ハイセンス

さっき3000mを通過した時にちらっと見えたでっかいタイマーには9分51秒と書いてあった。一キロあたりは大体3分20秒より早いぐらいで走れてるってことだから100m当たりは20秒行かないくらいか。すれ違った05(残りの周回数)の看板、曇り空で日が当たらないクセになぜか熱くなっていく足の裏、自分でも乱れていると分かるような斬新なフォーム、だんだん痛くなって今では「激痛」なるものにまで進化しているのが分かる脇腹、もはやどんなペースで呼吸しているかも分からないほどに疲弊しきった肺、正直言ってもうすでに限界なのは分かりきっている。でもこれだけキツイ、ツライ、クルシイって思っていても不思議と走りやめたいとは思わない。だって今はただ、目の前にいるハイセンスなアイツをブチ抜いてゴールすることを考えているだけでサイコーな気分になれるからな!

「残り1600m!アズミンファイ、トォ―!!」

何だ、何なんだコイツは!!前にいないからよくは見えないけどさっきからずぅ~っとこのボクに付いて行って、そのクセ不規則にフューフューファーファーと気持ちの悪い呼吸までしてきて…はっきり言ってこのハイセンスなボクとは全く釣り合わないほどにナンセンスだ。しっかしこのハイセンスなボクはまだある程度の余力は残っているからな、ここでチギるのが良さそうか…いや、お楽しみは最後の最後まで取っておくのがトレビアンでハイセンスな流儀ってものさ。フッ。

「…(ペース)上げてこないな。」

「そうっスね。あの感じ、絶対ペース上げてくると思ったんスけどねぇあのキモい金髪。どうやら思ったよりもデキるヤツみたいっスね。」

「あんな背後にずっと張り付かれて、相当なプレッシャーだろうな。それでも上げてこないってことは余裕があるのか、それとも何か秘策でもあるのだろうか。」

「タタタッ!」

…後ろから追い上げてくるような足音が聞こえるな、でも一つ後ろの集団は2、3周前に置いて行かれたはずだし…まさか、追いついて来たって言うんじゃないだろうな!…だったら。

俺が残りわずかな体力を振り絞って抜かれまいと足を動かそうとしたその時だった。

「アズミン!まだ上げんな!!」

消耗しきって、もはや頭に酸素が行き渡らなくなり始めていた俺にははっきりとした出所がわからなかったが、その声は間違いなくライディーンのものだった。声を聞いて少し落ち着いた俺はさっきの足音が俺達に一周の周回差をつけた先頭だということに気付いた。インターハイレベルなら14分台前半(400mトラック1周当たり70秒ぐらい)のタイムが出るというのは走る前に確かライディーンが言っていた気がする。だとすればもうすでに追いつかれていてもおかしくなかったってことだ。

…とりあえずそれは置いといて、今は自分の走りに集中しないとな。なんとか付けてはいるものの、体中の所々が悲鳴を上げている。もう視界も霞んで来ているし、足も一歩ごとに重くなっていくのを感じる。今の俺はもはや、ただただ足を前に運ぶためだけに造られたマシーンだ。

でもな、ここで走りやめるなんてことは絶対しねぇ!何のためにこんなクソキッツイ陸上なんて競技始めたと思ってんだ!?今までの自分を断ち切るんじゃなかったのかよ!…だったらこんな中途半端なところでやめるわけにはいかねーだろーが!

「アズミンのやつ、吹き返しましたね。」

「正直、意外だな。セカンドウインドがなんとやらって感じだ。」

陸上メモ

セカンドウインドとは、活動限界である死点を乗り越えた先に現れる身体的状態のことを指す。もう限界だ!って時に急に吹き返して、かえってそれが段々キツくなくなっていったみたいな経験、みんなも一回ぐらいあるんじゃないかな。ソレですソレ。

「先頭が残り800mを切りました。周回差がついているとはいえ、彼らもそろそろラストスパートをかけてくる頃合いでしょう。」

「ラスト二周!麦島先パイファイト―!!」

「やっぱりウチの部員の大半は先頭にしか目を向けませんね。あんな自分の実力の身の丈に合わないような走りなんか見たって何一つ参考にできやしないのに。」

マジでドライだなこの部長。

「そろそろアズミン達も残り1000mを切るぞ。」

「4000mの通過が…13分26秒ですね。思ったよりペースを上手く維持しているようで。」

「気力で上げろぉー!!アズミン!!」

…アズミンと呼ばれている彼も初心者なりにはかなり頑張っていました。ですが、現実というのは残酷なものです。この5000mという競技では経験の差がモノを言いますからね、特にラストスパートなんかはそれが顕著に表れることでしょう。不慣れな者は振り落とされ、遅れ、そして二度と追いつくことはない。もちろん彼も例外なく引き離されるのみです。

「16分33、34、35!トレビナイスファイト!」

「…16分54、55、56!」

限界まで消耗して走り切った俺は、あまりの身体への疲労で立ち上がることができなかった。唯一できたのは、両手と膝を地べたに付けて呼吸を荒らげることだけだった。

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